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生きることは食べること?


今日は食べ物について。

最近食べ物についてのニュースが多い。

ゲノム編集や大豆を使った肉の代用品など。

以前からあった、

添加物、遺伝子組み換え。

どれも"食べる"ことよりも、

"効率よく"製造、流通させることに

ベクトルが向いている。

消費者もより"長持ち"し、

より"味"や"見た目"の良いものを求める。

私たちが食べ物を"食べる"のは、

まさしく生きるためです。

いのちを頂いている。

健康ともとても繋がりが大きい。

話題の腸内細菌なんかは

まさしく食べ物と関連がある。

さて現在、

遺伝子組み換えや、添加物は

科学的には健康に影響はないと

言われることが多い。

ゲノム編集の魚などは、この夏にも流通するそうだ。

しかし、それには多くの問題を含んでいる。

確かに食べてすぐに問題はないかもしれない。

では、10年後も20年後も問題はないのか?

研究デザインが10年であれば、

11年後のことは残念ながらわからない。

さらに1種類だけでなく、

複数を組み合わせた場合はどうなのかわからない。

このあたりは、

放射能の影響や、予防接種の話なんかとも似ているところがある。

経過を追い続ける難しさや、数値上の予想で話の着地点を見つけようとしている節も否めない。

さらに付け加えると、

オステオパシーでは、

病気になるよりももっと前の

組織の硬さや、血流の低下を

問題としている。

組織に十分な可動性と血流量がなく、

いつも通りのはたらきを求められると、

いずれは病気に繋がっていく。

要は本来のはたらきに見合う状態ではないのに、仕事だけはいつも通りのはたらきを求められる...

想像してみると、疲弊していくのが実感と共に沸いてきませんか?

科学的には証明しにくいかもしれないが、

十分考えられる話です。

そして、実際に何を食べるのかによって、

私たちの身体は変わります。

組織の柔軟性や血流に影響が出てきます。

話を戻して。

添加物や遺伝子組み換え。

乳製品や砂糖など。

ヒトが健康に生きていくのを

邪魔するものはたくさんあります。

しかし、

それが無くならないのは、

便利だからだと思います。

そしてなかなかこのような話は

普段の生活の中では語られません。

システムに乗っかり、

便利さばかりを追及していくと、

この先さらに不健康な人ばかりに

なっていくでしょう。

近い将来、

きっと私たちは選択を迫られます。

システムと便利さに溺れて沈むか、

生きている実感を取り戻すか。

前回のお産のブログでも触れたように、

今は、何のための、誰のためのシステムかわからない形骸化したものが増えていると感じます。

便利になったぶん、

何のために生きているのか見えにくくなっている現実があります。

そろそろ"生きる"ということに

もう一度焦点を当てる時では

ないでしょうか。


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