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波の寄る辺

日々の養生法として「動き」に注意を向けることは、

いまの在るを識り、在り様を受け取ることになる。

自ずと質に変化が訪れ、質の変化に気づくようになる。


完成形があるわけではなく、「いま」の連なりが「日々」に繋がり、「日々」の在り様から「いま」を識る循環がそこに「在る」ことに気づく。


どんな「動き」に注意を向けるかは人それぞれが持つ身体性に大きく影響を受ける。

「動き」ではなく、「機微」と置き換えてもいいかもしれない。


「わたし」の「機微(動き)」に注意を向けて日々といまの循環の中にある「ゆらぎ」を識る。

寄せては返す波のような「ゆらぎ」が在ることでその幅が許容範囲となり、奥行きがキャパシティーとなり、「ゆらぎ」の空間を味わえるその空間こそが安心できる空間となるのだろう。

さらにはその「ゆらぎ」の真ん中が中庸・芯・ニュートラル・自分軸といった言葉に置き換えられていくのだろう。

常に変化し動き続けている中において、すべてを網羅することやすべてを識ることはできない。

だからこそ、そういった自分自身の在り様を識ろうとする試みが「わたし」から発せられる内なる声に敬意を払い蔑ろにせず養い生きる(養生する)ことに繋がる。


Joeが遺した言葉の一つ「Return to Life」に繋がるのではないだろうか。


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